大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所長岡支部 昭和44年(ワ)308号 判決

原告 近藤与助工業株式会社

被告 国

指定代理人 松沢智 外五名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一、被告は原告に対し、金八二〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、仮執行の宣言。

右請求が認められないときは、

一、被告は原告に対し、金八二〇万円およびこれに対する昭和四四年一二月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、仮執行の宣言。

(被告)

一、主文同旨の判決

二、仮執行の宣言を付する場合には、担保を条件とする執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は、鋼材の販売、鉄骨建築の請負業を営む株式会社であるが、訴外株式会社遠藤精機製作所(以下単に訴外会社という)の注文で、見附市坂井町所在の訴外会社所有の別紙(一)記載の土地(その範囲は別紙図面の朱線で囲まれた部分である。以下単に本件土地という。)に、別紙(二)記載のゴルフ用具製造工場等(以下単に本件建物という。)新築工事をつぎのとおり請負つた。

(1)  昭和四二年一月六日第一期、同年五月一四日第二期各工事請負契約締結、その他、変更工事および追加工事契約締結。工事完成期日同年九月三〇日。

(2)  右各工事請負代金合計三、〇四四万七、〇〇〇円

(3)  代金支払方法

訴外会社において、同年三月二三日二〇〇万円、同年四月二八日二〇〇万円、同年五月一九日六五〇万円、同年五月二二日一五〇万円、同年七月一日四四四万七、〇〇〇円、同年九月二八日八、〇〇〇万円の各約束手形を原告に宛てて振出し、残金は同年九月末までに遅滞なく現金で支払う。

(二)  原告は、右請負契約に基づき、本件土地を占有して本件建物新築工事をなし、契約どおりこれを完成したが、訴外会社は右請負代金のうち四四四万七、〇〇〇円を支払つたのみで、その余の手形金および残金の支払の見込が立たず、その後、昭和四三年五月三〇日満期、株式会社新富ゴルフ商会振出の書換手形により四〇〇万円を支払つただけで、弁済不能のまま倒産した。

原告は、本件請負工事の建築材料の全部を提供して工事を完成したので、本件建物についてその所有権を取得したところ、前記のように、訴外会社が請負代金の一部を支払つたのみで倒産したので、右建物につき、昭和四二年一〇月二六日新潟地方法務局見附出張所受付第八四九五号をもつて所有権保存登記手続をなし、ひきつづき本件土地の占有を継続してきた。

(三)原告は、右のとおり、本件工事請負契約に基づいて、訴外会社所有の本件土地の占有を開始し、右工事完成後もその地上建物を所有する関係からひきつづき右土地の占有を継続してきたところ、訴外会社に対して請負工事残代金債権を有していたので、その支払あるまで右土地について民事留置権を有していた。また、原告および訴外会社はいずれも株式会社(商人)であつて、原告は、本件請負契約により右請負工事残代金債権を一取得し、右契約に基づいて右土地を占有していたから、商事留置権をも有していたものである。

(四)  しかして、訴外会社は国税の滞納があり、本件土地について、昭和四三年一月五日巻税務署から滞納処分による差押があり、ついで同年一月一二日、同月三〇日、同年二月九日同税務署から参加差押があつた。なお、訴外会社の負担する滞納国税の徴収権限は、国税通則法四三条三項により、昭和四一年二月五日現在における滞納国税一九一〇万〇、九三七円について同日巻税務署長から関東信越国税局長に引き継がれ、その後発生した滞納国税についても、その都度同様の引継ぎが行われ、公売時の引継額は合計二、七六六万一、〇八八円となつたが、右土地を公売するにあたり、昭和四四年五月五日、国税徴収法一八二条に基づき、同国税局長から右土地の所在地を管轄する三条税務署長に滞納処分の引継ぎが行われた。その結果、三条税務署長は、昭和四四年五月二三日右土地につき滞納処分に基づく公売を執行し、訴外渡辺明がこれをその評価額の三、一七〇万三、〇〇〇円で競落取得し、同年五月三〇日配当計算書を関係者に送付して配当交付期日を告知し、同年六月六日右換価代金中訴外会社の償権者株式会社大光相互銀行に二、一五二万〇、七〇二円を配当交付し、残余の一〇一八万二、二九八円を前記滞納国税に配当充当した。

(五)  国税の滞納処分において、滞納者の財産を換価した場合にその財産上に留置権が存するときは、その留置権により担保されていた債権は、国税徴収法二一条により、国税はもちろん他の一切の債権に優先して配当を受けることができるものであり、そのためには、留置権者がその滞納処分の手続において、行政機関に対してその留置権がある事実を証明すれば足りるものである。しかして、原告は、本件土地につき前記のように留置権を有しており、昭和四三年一月二〇日ごろ、右滞納処分を扱う行政機関たる関東信越国税局長に対し、右留置権の発生原因たる具体的事実、すなわち原告と訴外会社との間の建築工事請負契約関係、請負代金の未払の事実、建築物の保全のためにこれを原告所有名義に登記をした事実、原告が右土地を占有している事実などを書面で通告して、留置権のある事実を証明した。

(六)  したがつて、原告は、前記滞納処分手続において、国税徴収法一二条、二一九条、二二三条の諸規定により、一切の租税、抵当権等に優先して、訴外会社に対する請負残代金元金二、二〇〇万円とその弁済期後である昭和四二年一〇月一日から昭和四四年五月三一日まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金二二〇万円合計二、四二〇万円の配当を受けうる権利を有するものである。

しかるに、その行政機関たる関東信越国税局長および三条税務署長は、徴税関係法令の執行を専門とする公務員として、原告から通告を受けた留置権の発生原因たる具体的事実および本件土地建物について自ら調査して知りえた事実等から判断して、右土地に関して原告が留置権を有することを容易に認定でき、かつ、そうすべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、留置権を有しないものと速断した過失により、本件滞納処分手続に際して、右法規に違反して、原告に対して配当計算書を交付せず、また、換価代金の配当もしなかつた。

右は、被告国の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、過失によつて、原告が公売において優先して配当を受けるべき権利を違法に侵害し、原告に対し、右二、四二〇万円の損害を与えたものであるから、原告は被告に対し同額の損害賠償請求権を有するところ、原告は、昭和四四年一二月六日本件建物を前記本件土地の競落人渡辺明に売却処分し、一、六〇〇万円を取得したので、残余の八二〇万円およびこれに対する不法行為後の昭和四四年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(七)  仮りに右不法行為の主張が認められないとしても、被告国の機関である関東信越国税局長および三条税務署長は、本件土地の公売手続に際して、前記のように本来留置権者たる原告に対して配当すべき二、四二〇万円を原告に交付せず、被告の配当名義で一〇一八万二、二九八円を取得し法律上の原因たくしてこれを利得し、よつて、原告に対し同額の損害を与えた。そこで、原告は被告に対し、右二、四二〇万円から本件建物を売却処分してえた一、六〇〇万円を控除した八二〇万円およびこれに対する本訴状の送達の日の翌日である昭和四四年一二月二六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(八)  仮りに右主張が認められないとしても、原告は、昭和四二年一二月ごろ、つぎの理由により、本件土地について賃借権を取得していた。

(1)  一般に、建物の建築請負において、請負人が建物を完成したのに注文主が請負代金を支払わないため、建物を注文主に引渡すことができず、請負人の所有にするほかない場合、建築業界においては、仮りに請負契約上明文がないときも、右建物の敷地利用について注文主が請負人に対して賃借権を設定する旨の事実たる慣習がある。

このことは、大手建築会社の約款あるいは建設省の定めている漂準的の建築請負約款で、注文主が請負代金を支払わない場合の敷地利用について、請負人に対し賃借権を設定するとの条項を入れていることからも明らかである。

(2)  法の解釈は、その当事者の意図する客観的合理的な意思を推認して、それに副うように定められるべきところ、本件のように、建築請負において、注文主が代金を払わないため請負人が建築物を所有して使用せざるをえないか、これを処分せざるをえないときは、その敷地については、注文主は請負人に対し、賃借権の設定を暗黙のうちに承諾していると解すべきである。

(3)  建物と土地(敷地)とが同一所有者に婦属している場合、その所有者が建物だけを譲渡したときは、これと同時に、建物譲受人との間に、その建物所有のためにその敷地の利用につき賃借権設定の暗黙の合意が成立したものというべきところ(広瀬武女著、借地借家法の諸問題、一一二頁以下参照)、右の理論は性質上本件の場合にも同一に考えうるものである。

(4)  本件と同種の建物請負契約において、請負代金不払のため請負人が建物の所有権を取得した場合に、その敷地の借地権が請負人に移転することを認め、請負人について土地賃貸人に対する建物の買取請求を認めた判例(東京高裁昭和三二年一一月二九日判決、高裁民集一〇巻一一号六〇九頁参照)や、所有地上に建物を有する者が、その建物を他に仮装譲渡した場合、その仮装譲受人がこれをさらに善意の第三者に譲渡したときは、土地所有者は右第三者に対して、建物の社会的経済的効用を全うため、その敷地に賃借権を設定するか、さもなければ建物の買取り義務があるとする判例(最高裁昭和二八年一〇月一日判決、最高民集七巻一〇号一〇一九頁参照の考え方は、本件のように請負人が建築した建物を所有してその敷地を利用する場合にも、同様に適用されるべきである。

(九)  原告は、右のとおり、本件土地について賃借権を有していたところ、関東信越国税局長および三条税務署長は、徴税関係法令の執行を専門とする公務員として、その調査にかかる事項等からして、右借地権の存在につきこれを認定することが容易であり、かつ、そうすべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、原告が借地権を有しないものと判断した過失により、本件滞納処分手続に際して、原告の借地権は存在せず、競落人は本件土地につき建物収去、土地明渡を求めることが可能であるとして公売したため、原告は、昭和四四年一二月二六日前記本件土地の競落人渡辺明に対し、本件建物を借地権がないものとした価格の一、六〇〇万円で売却せざるをえず、これにより、本来借地権付建物として売却していたならば当然取得できたはずの原告の訴外会社に対する残債権二、四二〇万円相当の金額との差額八二〇万円の損害を蒙つた。そこで、原告は被告に対し、右八二〇万円とこれに対する不法行為後の昭和四四年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(一〇)  仮りに右主張が認められないとしても、原告は本件土地につき借地権を有していたから、本件建物を借地権付建物として原告の訴外会社に対する残債権二、四二〇万円に相当する価格で処分することは容易であつた。しかるに、被告の機関である関東信越国税局長および三条税務署長は、原告に本件土地に対する借地権がないものとして、更地に準ずる価格と評価して本件土地を公売したため、被告は、法律上の原因なくして借地権相当の価格一、二〇六万円(被告による本件土地の平均評価額は三・三平方メートルあたり約一万円強であるので、借地権の価格を当地方の通常の算定方法に従い、その五割前後の三・三平方メートルあたり五、〇〇〇円とみて、原告の占有土地二、四一二坪にこれを乗ずれば一、二〇六万円となる。)を利得し、よつて原告は被告に対し同額の損失を与えた。そこで、原告は被告に対し、て右二、四二〇万円から本件建物を売却処分してえた一、六〇〇万円を控除した八二〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四四年一二月二六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延控害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否および被告の主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、本件建物につき原告が主張のような所有権保存登記をなし、その床面積部分の土地についてこれを占有していたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(三)  同(三)の事実中、原告主張の留置権の成立は争う。その余の事実は認める。

建物建築の請負人が、その請負代金の支払を受けるまで、建物を占有することにともない、注文者所有の敷地を占有することがあつても、右請負代金債権は右敷地に関して生じた債権ではなく、両者の間に牽連関係が認められないから、敷地について民事留置権が成立する余地がない。また、商事留置権についても、これに関するわが商法の規定がドイツ商法のそれをとりいれているところ、本来のドイツ商法ではその目的物に不動産を含めていないことおよびわが国の有力な学説(田中耕太郎氏、石井照久氏)の中にも不動産についてこれを否定するものがあることなどから考えて、目的物は動産、有価証券に限ると解されるので、本件のような不動産について商事留置権の発生を認めることはできない。仮りに不動産について商事留置権を認めうるとしても、本件目的物の占有取得行為自体が当然に商行為といえるかどうかは疑問であり、この点からいつても、本件について商事留置権は成立しないものというべきである。

なお、原告は本件土地について賃借権の存在をも主張しているが、もし、それが賃借権と留置権の併存を主張しているとすれば、対抗力のある賃借権の存在する物に留置権を認める実益がないことは、留置制度の趣旨に鑑みて明らかなところである。したがつて、右の点からみても留置権が発生したとする原告の主張は失当である。

(四)  同(四)の事実は認める。

(五)  同(五)の事実中、原告が本件土地につき留置権を有していることおよび原告が昭和四三年一月二〇日ごろ関東信越国税局長に対し留置権発生の具体的事実を通告して留置権のある事実を証明したとの点は否認し、その余の事実は認める。

原告がその主張のように本件土地について留置権を有していたとしても、原告は本件滞納処分手続において、その執行機関である三条税務署長に対し、国税徴収法施行令四条にいう留置権者としての証明をしていない。なるほど、原告は、昭和四三年一月二〇日ごろ関東信越国税局長に対して書面を提出し、これにより留置権発生の証明をしたと主張しているけれども、同書面は、本件土地を公売する前提として、同国税局長が原告に対し、本件土地について原告が賃借権等の使用権を有していたかを確かめるべく照会したところ、これに対する回答として提出されたものであり、しかも、同書面には、原告が訴外会社に対して建物請負代金を有する旨の記載があるにすぎず、右建物の所在およびその敷地について特定がなく、また、右敷地を留置していることに関する具体的事実の記載もないから、右書面の提出をもつて、被告の執行機関に対し、国税徴収法二一条所定の留置権に関する証明手続をとつたものとはいえない。

(六)  同(六)の事実中、三条税務署長が本件滞納処分手続において原告に対して配当計算書を交付せず、換価代金を配当しなかつたこと、原告が昭和四四年一二月六日本件建物を渡辺明に一、六〇〇万円で売却したことは認めるが、その余の点は争う。

前記のように、原告は三条税務署長に対して留置権者としての証明をしていないから、原告が国税徴収法上留置権者として保護され、または公売代金から優先して配当を受けうる立場にないことは明らかである。したがつて、右手続を履践していない本件滞納処分において、三条税務署の徴収職員が原告に配当をしなかつたとしても、何らの違法がないものといわなければならない。

仮りに、本件配当手続において原告主張のような違法があつたとしても、その故に直ちに当該職員に過失があるとはいえない。なぜなら、建物請負代金債権がその建物の敷地に留置権を生ぜしめるかどうかの問題は、いまだ学説、判例上確立されているといえないのみか、むしろ消極論が強いといえる場合に、公務員が職務上要求されている右知識に基づいて処理しても、公務員に違法性の認識がない以上、当該公務員に故意、過失があるということはできないところ(最高裁昭和四四年二月一八日第三小法廷判決参照)、本件において、当該職員は本件土地に関する留留置権の存否について十分検討したうえ、前記のようにこれが存しないものとの解釈に立つて処理しているのであるから、当該職員に過失のないことは明らかである。

(七)  同(七)の主張は争う。

留置権者が国税等に優先して配当を受けうるのは、前記のように執行機関に対して証明手続をした場合に限られるから、その証明がなされていない以上、原告に優先配当を受けうる権利はなく、したがつて、原告に損失は生じないから不当利得の返還請求は失当である。

さらに、原告は、優先配当権が侵害されたことを理由に公法上の不当利得を主張しているけれども、行政行為(滞納処分手続の一環としてなされる充当行為を含む)によつて不当利得している場合は、その行政行為が当然無効であるかまたは違法として取り消されてはじめて不当利得を構成するため、行政行為が有効に存続する限り、たとえ実質的利得があつても、いまだ法律上の原因のない利得とはいえないところ(大判昭和五年七月八日、民集九巻、七一九頁、大判昭和一三年一一月二九日、民集一七巻二二四三頁参照)これを本件についてみると、仮りに留置権の証明がなされ、充当行為に違法があるとしても、その違法は当該行政処分(充当行為も含む)を当然無効とするほどの重大かつ明白なかしとはいえないから、本作行政処分は不服申立期閥の徒過によつて有効に確定しているといわなければならない。そうすると、争いえなくなつた行政処分の公定力に反し、これと異なる権利を主張することは許されないというべきである。

(八)  同(八)の主張は争う。

原告が本件建物の敷地について、建物請負代金の支払いを受けるまで何らかの使用権を有するとしても、それは黙示の使用貸借にとどまるものであつて、当然に賃貸借関係が設定されるものではない。

(九)  同(九)の主張は争う。

原告の主張が本件土地について留置権と賃借権が併存していたという趣旨であるとするならば、原告は本件建物を原告名義で所有権保存登記ずみであるので、建物保護法の適用によつて敷地の借地権を第三者に対抗できるから、たとえ、それらの権利を無視した違法な公売であるとしても、それによつて借地権は何ら消滅する筈はなく、したがつて、右公売が原告に損害を与えたことにはならない。

さらに、原告は、本件建物について所有権保存登記をしていたが、本作請負契約の注文主である訴外会社が昭和四三年一月四日倒産するや、その翌日、訴外会社に無断で本件建物を第三者に対して損保の目的に供したうえ、昭和四四年一二月六日これを一、六〇〇万円で売却処分した。しかしながら、本件建物が原告の主張するとおり安値でしか売れなかつたとすれば、けてれは右のように担保の目的となつているいわゆる傷物の不動産を売却したからであつて、三条税務署長の違法な公売処分のためではない。

(一〇)  同(一〇)の主張は争う。

仮りに、三条税務署長が原告の本件土地に対する賃借権を無視してこれを公売したとしても、前記のとおり、対抗力を備えた賃借権を消滅させるものではないから、同署長が本件土地に賃借権がないとして更地に準ずる価格で公売し、そのため被告が借地権価格相当の利得をしたとしても、その利得は、原告との関係ではなく、競落人との関係で生じたものにすぎない。

三、被告の主張に対する原告の反論

(一)  民事留置権の「物に関して生じた債権」の意義について、最近の学説や下級審の判例は、債権が物自体より生じた場合はもちろんのこと、物の返還請求権と同一の法律関係または生活関係から生じた債権をも含むものと解しており、留置権成立のためには、債権の発生原因と占有する物との間に密接な関連性があれば足りるものである。一般に、建物は土地と切り離しては機能しえないもので、両者は不可分の関係にあり、建物建築の請負工事の場合にも、当然に敷地の占有をともない、建築された建物は敷地の占有と一体不可分的に債権者(請負人)が権利行使しているものであるから、請負代金の未払のため請負人が建築した建物を所有しているときは、請負代金債権と牽連して建物のみならずその敷地をも合わせて占有しているもので、その敷地についても民事留置権が発生するとみるのが、合理的、合目的かつ正義公平に適合するものである

商事留置権の目的物について、わが商法の規定は特に動産と不動産との区別をしていないし、不動産についてこれを認める実際上の効果も大きい。学説をみても、ほとんどの商法学者は動産ばかりでなく不動産も含まれるとしている。

(二)  国税徴収法二一条二項は「前項の規定は、その留置権者か、滞納処分の手続において、その行政機関等に対し、その留置権がある事実を証明した場合に限り適用する。」と規定して、留置権者が優先配当を受けるためにはその権利を証明することを要件としている。しかし、この規定は、徴税機関が納税者の財産上に存する留置権を知らないで配当手続をしたときにこれを保護するのがその趣旨であつて、ここにいう証明もこの意味において解すべきもので、民事訴訟法にいう証明のごときは意味は少しもない。すなわち、留置権というような用語を使用しなくても、滞納処分の執行機関に対し、留置権発生の原因となる具体的事実を何らかの方法で知らせれば足りるもので、口頭の説明あるいは文書の交付でも、徴税官吏の調査に協力する方法でも足りるものである。したがつて、極端な場合には、もし執行機関において調査の結果知りえた事実によつて留置権の存在が明らかになれば、本来証明は不要というべきである。

つぎに、国税徴収法施行令四条によれば、一留置権の証明をしようとするときは、滞納処分にあつては、その留置権のある事実を証する書面またはその事実を証するに足りる事項を記載した書面を税務署長に提出するものとする。)と規定されているが、これは国税徴収法二一条二項の規定を通常の場合に具体化して定めたままで、かならずしも常に税務署長に対して証明手続をしなければならないものではない。前記のように、訴外会社の本件滞納処分においては、その権限が、昭和四一年二月五日以後巻税務署長から関東信越国税局長に引きつがれており、同法二一条二項にいう行政機関は同国税局長であつたから、原告が昭和四三年一月二〇日ごろ、同国税局長に対して留置権の発生原因たる具体的事実を書面により通告してなした証明手続は適法なものである。

さらに、被告は、原告が昭和四三年一月二〇日ごろ同国税局長に対して提出した前記書面には、原告が建物請負代金を有する旨の記載があるのみで、右建物の所在、敷地の特定、敷地の留置に関する具体的事実の記載がないと主張するけれども、右書面は、同国税局が、滞納処分において、本件土地を実地に調査して本件建物の存在を知り、かつ、原告から本件建物の請負代金について何らかの方法で善処してほしい旨の要請をしたこともあつて、原告に対して本件土地占有の原因である請負契約についての詳細を回答するように求めた結果、原告がこれに答えて提出したものである。したがつて、本件土地、建物については、同国税局はすでにこれを十分知悉しており、また、同書面には原告と訴外会社との請負契約関係、請負代の未払の事実、建物を原告所有名義で登記したことなどが記載されているから、その記載内容と相まてば、原告か本件土地について留置権を有することは当然明らかにしえたはずである。国税徴収法二一条二項の証明手続においては、留号権なる法的評価の記載までは必要とされず、留置権の法律要件の判断可能な程度に具体的事実を申告すればよいのであるから、原告は右書面を提出することによりその証明手続を完全に果していたものである。

(三)  徴税法令の執行を専門とする税務官吏の場合に要請される注意義務の程度は、一般人を基準とするのではなく、専門家としてのそれでなければならない。したがつて、国税徴収法二一条の適用を受ける留置権の成立要件やその効力の判断に関しては、いやしくも知らないとか誤つたとかいうことは許されない。すなわち、その注意義務の程度として、法の規定する留置権について十分知つているこが要求されているのであり、その判断を誤つたときは直ちに過失があるというべきである。被告は、建物請負代金債権がその建物の敷地について留置権を生ぜしめるかどうかは判例学説に乏しいとか、消極論があるとか主張しているけれども、学説判例の有無はかならずしも留置権の存否やその成立要件の判断にあたつての注意義務には関係がない。学説や判例が乏しくても、法の執行をなすべきものである以上は、専門家として、法律制度の目的に照らして合理的に解釈運用すれば足りるものである。本件において、滞納処分を担当した被告の職員に右注意義務に反した過失のあつたことは明らかである。

第三証拠省略

理由

一、請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。また、同(二)の事実中、原告が本件建物についてその主張のような所有権保存登記手続をなし、その床面積部分の土地についてこれを占有していたことは当事者聞に争いがない。

二、成立に争いのない甲第三号証、原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第六号証、証人今井達夫の証言ならびに原告代表者尋問の結果によれば、原告は、訴外会社との間の本件請負契約に基づき、その請負工事施工のため訴外会社から本件土地の引渡を受けてこれを占有し、本件建物を完成したが、訴外会社は右請負代金三、〇四四万七、〇〇〇円中四四四万七、〇〇〇円を支払つたのみで、昭和四二年一〇月ごろにはその余の残金の支払の見込が立たず、その後、昭和四三年五月三〇日満期、株式会社新富ゴルフ商会振出の書換手形により四〇〇万円を支払つただけで、同年一月四日ごろに支払不能のままいわゆる倒産をしたこと、原告は、本件請負工事建築材料の全部を提供して本件建物を完成し、また、請負代金の一部しか支払われず、残余の支払の見込みが立たないので、本件建物の所有権を取得したものとして、昭和四二年一〇月二六日、後日請負代金の残額が支払われるときは、直ちに訴外会社に対してその所有権移転登記手続をなす考えのもとに、本件建物につき前記のように所有権保存登記手続をなし、ひきつづき本件建物を所有する関係からその敷地に相当する本件土地の占有を継続してきたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、原告は、前記のように、本件建物を所有する関係から訴外会社所有の土地を占有するところ、訴外会社に対して請負工事残代金債権を有していたから、その支払あるまで本件土地について民事留置権もしくは商事留置権を有していたと主張するのに対し、被告は右留置権の成立をいずれも争うので、右留置権の存否こついて検討する。

まず、民事留置権が成立するためには、「他人の物の占有者がその物に関して生じたる債権を有する」こと、すなわち、占有の目的物と債権との牽連関係が存在しなければならないところ、原告の訴外会社に対して有する請負工事残代金債権は、本件請負契約の性質上、本件建物に関して生じたものであつても、これをその敷地である本件土地に関して生じたものとみることはできない。原告主張のとおり、建物はその敷地と切り離しては存在しえず、両者の間に密接な関係のあることはもちろんであるけれども、たとえ建物と敷地との間に右のような関係が存在するとしても、建物も敷地もいずれも独立の物として扱われ、それぞれ独立して取引の目的となるものであるから、建物建築の請負工事によつて取得した工事代金債権は、当該建物に関して生じた債権というほかなく、その敷地についてまで牽連性を肯認することはできない。したがつて、原告が本件土地について民事留置権を取得したとの主張は採用できない。

つぎに、商事留置権の存否について考察する。商法の商事留置権の規定は、民事留置権と異なり、商人間において通常予想される継続取引の必要性、すなわち、信用取引の必要と取引ごとに個別的に担保を設定する煩雑さを回避すること等の要請から設けられたものであつて、右のような商事留置権制度の意義から推して考えると、その目的物に動産や有価証券が含まれることは当然であるが、不動産まで含まれるかはいささか疑問がないわけではない。しかしながら、商事留置権に関する商法五二一条は「債務者所有の物または有価証券を留置することを得」と規定して、留置権の目的物について特に動産に限定するところがないから、その目的物に不動産が含まれないとする格別の理由は存しないといわなければならない(因みに、民事留置権についてその目的物に動産のみならず不動産が含まれることは何らの異論がないところ、これに関する民法二九五条一項の規定も、「他人の物の占有者がその物に関して生じたる債権を有するときは……その物を留置することを得」と規定しているのみである。)。また、商事留置権においては、その債権と占有する物との間に民事留置権のような牽連関係を必要としないものであり、債権の成立と債務者所有の物の占有の取得とが、債権者と債務者双方のために商行為たる行為によつて生じたものであれば留置権の成立を認めうるものである。そして、右の占有取得行為については、その行為自体が商行為であることを要するのではなく、その占有取得の原因となつた行為について商行為性が認められれば足りると解すべきである。してみると、原告と訴外会社とがいずれも株式会社であつて商人であることは当事者間に争いがなく、原告と訴外会社聞に締結された本件請負契約により原告が本件請負工事残代金債権を取得し、また、右請負契約に基づいて訴外会社から同会社所有の本件土地の引渡を受けてこれを占有し、かつ本件建物建築後も、すでに弁済期に達していた請負残代金の支払を受ける目的で建物を所有し、これにより右土地の占有を継続していたことが前記認定事実から明らかであるから、原告は本件土地について商事留置権を有していたと解するのが相当である。

なお、後記のように、原告が本件土地につき賃借椿を有していたとは認められないから、対抗力ある賃借権のある物に留置権を一認める実益がないとする被告の主張は理由がない。

四、請求原因(四)の事実は当事者間に争いがなく、また、同(五)の事実中、国税の滞納処分において、滞納者の財産を換価した場合にその財産上に留置権が存するときは、その留置権により担保されていた債権は、国税徴収法二一条により、国税はもちろん他の一切の債権に優先して配当を受けることができること、そのためには、留置権者がその滞納処分の手続において、行政機関に対してその留置権がある事実を証明すべきであることは当事者間に争いがない。

原告が本件土地について留置権を有していたことは前記説明のとおりであるところ、原告は、昭和四三年一月二〇日ごろ、本件土地の滞納処分を扱う行政機関たる関東信越国税局長に対して、右留置権の発生原因たる具体的事実を書面により通告し、留置権のある事実を証明したと主張するのに対し、被告は、右書面の提出は留置権の証明手続としてなされたものではなく、かつ、留置権のある事実を証明するに足りるものではないと主張するので、原告がその主張のように留置権の証明手続をしたか否かについて検討する。

国税の滞納処分手続において、留置権が優先配当を受けるための証明手続に関し、国税徴収法二一条二項は、「その留置権者が、滞納処分の手続において、その行政機関等に対し、その留置権がある事実を証明した場合にかぎり適用する。」と規定し、右規定を受けて、同法施行令四条一項は、一法二一条二項(留置権の証明)の証明をしようとするときは、滞納処分にあつては、その規定に規定する事実を証明する書面またはその事実を証するに足りる事項を記載した書面を税務署長に提出するものとする。」と、また、同条三項一は、右の「証明」は一売却決定の日の前日までにしなければならない。」と規定している。そして、右のように、留置権者が優先配当を受けようとする場合に、行政機関等に対する証明手続が要請されるのは、留置権は登記、登録による公示の手段を有しないところから、執行機関の側からその存在を確知する方法を有しないで、留置権者において留置権のある事実を「証明」した場合にのみ留置権の優先することを認めたものと解される(なお、国税徴収法上、登記、登録された賃権あるいは抵当権などのように、公示されたものについては、優先権を行なうについて特に証明手続は必要とされていない。同法一五条二項、一六条等参照。)。

また、右の留置権の「証明」をなすべき行政機関等とは、証明手続の期限である売却決定の日の前日以前において、現に滞納処分の執行を担当している行政機関をいうものであつて、本件のように、関東信越国税局長が滞納処分の執行を担当している段階においては、同局長に対してその「証明」をなせば足り、その手続をしたときは、その後同局長から滞納処分の引継ぎを受けた三条税務署長に対して、改めて証明手続をなす必要はないと解される。他方、右の留置権証明の方法、内容、程度等についてみると、同法二一条二項に規定する証明とは、その規定の趣旨から考えて、留置権の存在を確知させるに足りる程度のものであれば足りると解されるから、留置権により優先権を主張しようとする者は執行機関に対して、滞納処分の目的たる物件について留置権を有することを確知させるに足りる程度の資料、もしくは、留置権を有することを確知させるに足りる程度の具体的事実を記載した書面を提出することによりその「証明」責任を果したというべきであり、右の「証明」があつたか否かは当該執行機関の判断に委ねられるところ、執行機関は右の判断をなすにあたり、右のように留置権を主張する者から提出された資料もしくは書面のほか、自ら調査等により知りえた事項をも参考にしてこれをなすべきであると考えられる。

そこで、これを本件についてみるのに、証人島田芳男の証言により真正に成立したものと認める乙第二号証の一ないし三、成立に争いのない乙第三号証、前記甲第三号証、証人島田芳男の証言、原告代表者尋問の結果によれば、関東信越国税局長は、訴外会社の負担する滞納国税について、その滞納処分等の手続を進めるため、昭和四三年一月ごろから、その差押にかかる本件土地および同地上の本件建物の登記名義人である原告会社等に係官を派遣し、本件土地の評価額、本件土地と原告との関係等について調査をしていたが、そのころ、右係官から原告に対し、原告と訴外会社間の本件請負契約の内容、請負代金の決済状況および本件建物を原告名義で所有権保存登記をした経緯等について照会をしたところ、原告は、これに答えて、昭和四三年一月二〇日付で、同国税局長に対し、「遠藤精機製作所今町工場に関する回答書」と題した書面(甲第三号証)を提出したこと、右書面には、原告と訴外会社の本件請負工事契約の内容、請負代金「代金の支払方法とその決済の状況が記載されているほか、本件建物につき原告名義で所有権保存登記をした経緯について、注文主の訴外会社が本件請負代金のごく一部しか支払わず、かつ残額支払の見込が薄かつたので、建築した本件建物を訴外会社に引き渡すことができず、請負人である原告においてその所有権を取得し、所有権保存登記をなしたが、右登記は残額が支払われるときは直ちに訴外会社に対して、所有権移転登記手続をするつもりでなしたものである旨の記載があり、さらに、今後の処理方針として、訴外会社からの代金の回収は不可能と思われるので、請負代金の残額を支払つてくれる者があれば、誰であつても本件建物を譲渡したい旨の記載のあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、原告が、昭和四三年一月二〇日ごろ、当時本件滞納処分の執行機関であつた関東信越国税局長に対し、甲第三号証の書面を提出したことは認められるけれども、右書面は、たまたま同国税局の係官から本件請負契約の内容や本件建物の登記の事情等について照会された結果、これに対する回答として提出したものであるうえ、その記載内容も、本件請負契約の内容、請負代金の支払状況、本件建物につき所有権保存登記をした経緯、本件建物の今後の処理方法等に関するものであつて、原告の本件土地に対する権利関係あるいはこれを明らかにするような具体的事情については格別の記載がなく、結局のところ、右書面をもつて、原告が本件土地について智置権を有することを確知させるに足りる程度の具休的事実を記載したものと解することはできないといわなければならない。したがつて、原告が、右書面を提出したことにより、本件土地について国税徴収法二一条二項の留置権に関する証明手続をしたことは認められず、その他、原告が留置権に関する「証明」をしたことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は採用できない。

五、請求原因(六)の事実中、三条税務署長が本件滞納処分手続において、原告に対して配当計算書を交付せず、換価代金を配当しなかつたことは当事者間に争いがないところ、前記のとおり、原告が、本件滞納処分手続において、その執行機関に対して、本件土地につき留置権がある事実を「証明」したとは認められないから、原告が、右滞納処分手続に際して、留置権として優先して者配当を受けうる地位になかつたことは明らかであり、したがつて、右のような地位にある原告に対して、その執行機関たる三条税務署長が配当をしなかつたとしても、その職務の執行につき違法の点はなかつたというべきである。してみると、その余の点についての判断をするまでもなく、同(六)の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がなく、採用できない。

また、右のように、原告において、留置権に関する証明手続をとることなく、そのため、優先して配当を受ける権利を有しなかつた以上、原告は、本件配当手続において損失があつたということはできないから、請求原因(七)の不当利得に基づく返還請求も理由がなく、採用できない。

六、原告は、請求原因(八)のとおり、本件土地につき、昭和四二年一二月ごろ賃借権を取得したと主張しているので、右賃借権の成否について検討する。

まず、本件全証拠によつても、本件土地について、その所有者であつた訴外会社と原告との間に、賃貸借契約が締結され、もしくは、原告から訴外会社に対して本件土地利用による対価が支払われていたことを認めることはできない(成立に争いのない乙第一号証によれば、原告は、関東信越国税局に対して、訴外会社と原告との間に、昭和四二年一〇月二四日ごろ、本件土地につき口頭で賃貸借契約が締結された旨記載した書面を提出しているが、右記載のような事実は、成立に争いのない乙第五号証および原告代表者尋問の結果に照らして考えると、これを信用することができない。)。

つぎに、前記認定のとおり、原告は、本件請負契約において、建築材料の全部を提供して本件建物を完成し、また、請負代金の一部しか支払われず、残余の支払の見込みが立たなかつたので、本件建物の所有権を取得したとして、昭和四二年一〇月二六日、後日請負残代金が支払われるときは、直ちに訴外会社に対して所有権移転登記手続をなす考えのもとに、本件建物について所有権保存登記手続をなし、右の関係からその敷地である本件土地を占有使用してきたものである。そして、右のように、建物建築請負契約において、請負人がその材料全部を提供したことにより建築した建物について所有権を取得したものとされる場合には、請負人は請負契約に基づき、注文主から請負代金の支払があるときは、これと引き換えに右建物の所有権を注文主に移転すべきことは当然であり、本件においても、請負人たる原告は、注文主の訴外会社から残代金の支払があれば、直ちに本件建物の所有権を訴外会社に移転する意図のもとに、すなわち、残余の回収を確保することを主眼として本件建物を所有していたことが明らかである。

そこで、原告が右のような関係において本件建物を所有する場合、その敷地である本件土地使用の性質如何であるが、たとえ訴外会社との間に本件土地使用についての何らの約定がないとしても、原告が地上建物について訴外会社に対抗できる正当な権限を有している以上、その間の敷地の使用は直ちに不法占有となるものではなく、何らかの使用権が認められるべきであると考える。しかしながら、このような場合に法定地上権のごとき使用権が成立する明文上の根拠はないところ、原告の地上建物に対する所有権およびこれにともなう本件土地に対する占有権限は、残代金の支払があればこれらを直ちに訴外会社に移転すべきものであつて、右のような請負契約からくる内在的制約を有するものであるから、かかる本件土地の使用関係においては、原告主張のように、黙示または当然に賃貸借関係が設定されたものと認めることはできない。そうだとすれば結局のところ、訴外会社と原告との間には、本件土地につき黙示の使用貸借関係が設定されたものとみるほかないというべきである。

請求原因(八)の賃借権成立に関する原告の主張中、(1) の請負人がその建築建物を所有するときは敷地利用について注文主が請負人に対して賃借権を設定する旨の事実たる慣習があるという点については、本件全証拠によるも右事実を認めることができない。また、同(八)の(3) の理論および(4) の判例は、いずれも本件に適切なものではなく、採用することができない。

七、右のとおりであるから、原告が本件土地について賃借権を有していたとの主張は理由がなく、採用できないところ、請求原因(九)の不法行為に基づく損害賠償請求および同(一〇)の不当利得返還請求の各主張は、いずれも原告が本件土地につき賃借権を有することを前提として主張しているものであるから、その前提を欠き、すべて理由がないことに帰する。

八、よつて、原告の本訴請求はすべて理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を通して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林五平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例